韓国に近い暮らしを求めて
韓国で義母と暮らしながら働いていた夫と、いっしょに生活したい。そんな思いから、ふたりの息子を連れて、大阪に転居することにしました。
姉が暮らしていて、広島から新幹線で1時間半。コリアンタウンもあって、日本にいながら韓国に近い暮らしができるんじゃないか。そんな期待を胸に、大阪での生活が始まりました。
想像以上だった、ワンオペの日々
でも、想像していたよりずっと大変でした。
夫婦関係、親子関係、求職活動、完全ワンオペ育児……。日々が大変すぎて、正直かなり記憶が飛んでいます(笑)これまでどれだけ「実家」に助けてもらっていたのか、痛感する日々でした。
「しらんけど」に救われた
大阪で生活していて驚いたのが、みんなよく話す、よく笑うこと。ちょっと真面目気質な広島人からすると、「え、そこ笑っていいの?」と戸惑うこともありました。
おもしろくしたもん勝ちやろ、しらんけど!
この「しらんけど」が、私には最高でした。だって、本当にだれも「しらん」ことだらけなんですよね。免罪符のようで、実は真理を突いている気がしました。
そっか、みんなが一緒なんてない。だから、自分の意見を口にしてもいい。合ってるかどうかは、しらんけどな(笑)
なんでも知っているつもりになっていた自分の殻が、ぱりんと破けた瞬間でした。どうせ知らんのなら、楽しんだもん勝ちやーん。
育児で困ったことがあっても、息子の言動が気になっても、これまでなら「ダメでしょ!」とまず注意していたところを、「面白いことやってんな」「明日のネタになるな、これ」と、よほどのことでない限り笑い話にするようになって、息子たちとの距離も、むしろ縮んでいった気がします。
今の私の話し方や考え方は、この大阪ライフがあってこそだと思っています。
新生児訪問で見えてきたこと
やっとのことで入職できた産婦人科で、たくさんの先輩方にも恵まれ、勤務助産師としてだけでなく、地域での新生児訪問事業にも従事させてもらえることになりました。この経験が、今の私の原点になっています。
新生児訪問で、いろんな家庭に伺う中で、気づいたことがあります。
それは、「実家のサポートがある人の育児は、なんだか楽しそう」ということ。
反対に、誰にも頼れずに孤独の中で子育てしているママたちは、とても苦しそうで、心が限界まで張りつめているのが伝わってきました。
近くに「いっしょに育児をしてくれる人」がいるかどうか。それだけで、育児の負荷はまったく違うんだ……ワンオペでもがいていた自分自身の経験とも重なって、心から実感しました。
「訪問型の助産院をやろう」
子育ての負担を軽くする方法、いろいろあると思います。『ちょっと知っているだけで、違うよね!』とおすすめしたいベビーマッサージや抱っこの方法などを学ぼうとすれば、ほとんどが「レッスン」や「講座」という形になっていて、値段も高く、敷居が高いものが多い。
「もっと敷居をさげて、多くの人に伝わればいいのに…」
そんな想いが、心の奥でずっとくすぶっていました。
そこで私は、「訪問型の助産院をやろう」と決意しました。助けを必要としている人のところへ、自分が会いに行けばいく形で、その道を模索していこうと考えたからです。その時につけた名前が、「七つ葉(ななつば)助産院」。四つ葉を超える、さらなる幸運を届けられるような場所にしたかったんです。
助産師として働きたい、から。助産師として生きていきたい、に。夢が変わった瞬間でした。
少しずつ、準備を進めていました。
でも――その矢先に、思わぬ転機が次々と訪れることになります。
(つづく)
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- 10年ぶりに助産師へ。もう一度、現場へ。
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